脱サラしてまで芸大に入ったわけ 【3】 「芸大」という選択肢

前回はアートという世界を選んだ理由を考えてみました。

ですが、アートや芸術の周辺で働くと言っても選択肢はたくさんあります。

 

・大学で学芸員資格を取って学芸員、キュレータになる

・芸術祭やイベントを企画している会社に入る

・アーティストをサポート、インキュベートするNPOや財団に入る

芸術大学を出てアーティスト、教員職になる

 

他にも、主に美術館からの仕事を受けるデザイン事務所に入ったり、展示の施工を行う会社、というのもあったりしました。美術系の本を専門に作っている出版社もあったり、まだまだ無数にあると思います。

僕の中では、イベントや作家を企画する、つまりアート周りの人の動きをデザインする「プロデューサ、ディレクタ」と実際に作品を制作する「アーティスト(大学教員含)」という2方向で迷っていて、自分の仕事をしてきた経験が活かせそうなのはプロデューサやディレクタの方だなと思って、そちらに傾いて転職活動をやんわりと始めていました。

 

芸術大学に入学する、という選択肢は最初は全く自分の中で優勢ではありませんでした。

 

 

◼︎「なんかちがう」は心の声の裏返し

 

新卒4年生の始めの頃、それまで転職活動はただ面倒なものだと思っていました。「退職を切り出すストレス、それを周りに公表してから最終日まで働く精神的ストレスを考えるとガマンして週末に好きなことやった方がマシ」という現状維持の上手な・失うものの計算だけは早い、持ち前の残念な優等生っぷりを発揮していました。

 

ですが、前回のエントリで書いた気づきがあってからは、「自分は相当大きいきっかけがないと思い切った行動が取れない方だから、もうそのきっかけを作ってから考えよう。もう無理やり自分を動かさないと一生『本当にやりたいこと』なんてやろうと腰をあげることはない。」と思い、色々な行動を起こしてきました。まずは内定や合格をとりあえず手にしてから考えよう。そう思って幾つかの会社に見学に行ったり、面白い展示があるたびに協力している会社を一つづつ調べたり、芸大の資料を請求してみたり、とにかく動いてみました。その中で大きかったのがとある会社の会社説明会でした。

 

その会社はとても大きな芸術イベントをプロデュースしている会社です。滅多に採用をしていなくて、その際にも説明会に行くのにまずエントリーシートを書かなければいけない、みたいなところだったのですが運良くその枠に入ることができました。当日は初めて定時退社してその会社に向かいました。

 

その時聞いた話がもう本当に面白くて、その日とった見開き3ページ分のメモは今でも何度も読み返します。ただ、その中でも一際印象に残ったのは、最後の社長の説明でした。もしかしたらもはや僕の中で意味が変わってしまっているかもしれませんが、僕が受け取ったメッセージは以下のようなものでした。

 

・たまに、自分も制作をしながら、と思って入社を検討する人もいるが、はっきり言って制作を続けていきながら、というのはほぼ無理。普段から特に忙しいし、イベント期間中は本当に忙しい。

・『裏方でアーティストをサポートする』ということは本当に楽しく、我を出すのではなく、支えるということに喜びを感じられる人と一緒にやりたい。

 

この二つのメッセージを聞いて僕は自分の進路をもっと深く考えることになります。

仕事は本当に大変そうでした。こんな情勢で、この分野で人もお金も潤沢に確保することはなかなか難しいと思います。それでも確かに楽しそうで、皆さんがその「裏方プライド」をしっかり持ってらっしゃる、というのがとてもかっこいいと思いました。僕のやっているパフォーマンスユニットの相方の山田くんもそういうタイプなのですが、真剣に作品の周りを考えてくれる裏方って冷徹なのにアーティストよりもある意味で熱い目線を持っていたりして本当にすごいと思います。

ですが、僕もその頃から、大きな規模ではないながら舞台をやったりパフォーマンスを作ったりしてきたわけで、それができないような立場になるというのは、、、自分としてはなんだかとても本末転倒な気がしてしまいました。本末転倒、ということはつまり、、、、僕のやりたいことは「作品を作る」ということなんじゃないだろうか。わからないけど、、なんか違う気がする、、

 

このことで3週間ほど悩み続けました。

 

立っていたかったのは確かに「芸術や文化のそば」です。ですが、そこで「どんな価値を出したいのか」に関してはあまり深く考えたことがありませんでした。なかったわけではなくて、本当はあったんですが「お金をかせぐには雇われた方がいいよな」とか、まぁ相変わらずの思考が絡み付いて「できそうなこと」を選ぼうとしていたわけです。それに気づかせられたのが上記の話でした。

 

この悩みを考える上で、心の支えになったのは単独公演を行った時のことです。

 

 

◼︎心の声を掘り出す

 

2016年、5/22、映像とジャグリングを合わせたパフォーマンス公演「LOSTSCAPE」。120人規模のちいさな公演ではありましたが、自分の中では非常に大きな成功体験になっています。公演の3ヶ月前、作品はどんどん作って行っていたのですが、会場をおさえるということをやっていなかったんです。最後には先輩?友人?師匠?上司?立場はわかりませんが、その僕が慕っている戸崎さんというプロデューサの方の家に遊びに行った時に「いつやるんだお前は」と叱られ、その場で会場を仮予約させられ、その日の夜に会場の下見に行き、前金を払う、というところまで話が進み、2ヶ月後にやることになってしまったわけです。

 

イベントを主催するなんて初めてですからもうボロクソだったわけです。お金の計算、会場への連絡、仕込みなどなどわからないことだらけで。でも挑戦してみるとと、サラリーマンとして仕事をしてきた経験や視点を応用してできることはたくさんあったし、戸崎さんや相方の山田くんが本当に助けてくれて、手伝ってくれたことはそれをきっかけに仲良くなって今では一緒に作品をつくる、みたいなことも起きていて、、なんていうんでしょう、「決意の瞬間の実力は関係なくて、何をやりたいのかとそれをどう形にするのかという思考と行動だけがある」「ちゃんと筋道を立ててやれば設定したゴールの大きさに合わせて自分が成長する、仲間ができる」ということを身を以って体験したのがこの単独公演でした。

やって本当に良かった。全員のお客さんに100%満足していただけた、というのはあり得ないと思いますが、「僕が作りたいと思った価値」を受け取って自分のものにしてくれた人たちはアンケートを見る限りたくさんいたようでした。自分が先頭に立って、自分が作りたい価値を作る、というのも初めての経験でした。

 

そのことを思い出して、一旦今の実力は置いておいて「自分が作りたい価値はなんなのか」だけを考えてみることにしました。

僕はやっぱり、「意外と現実って面白いし美しいよね」って、自分の言葉で伝えたい、と思っていました。

 

 

◼︎ルールやコミュニティが知りたい

 

もちろん、才能の世界ですから「ちゃんと筋道を立ててやれば設定したゴールの大きさに合わせて自分が成長する、仲間ができる」なんて簡単にうまくいくとは思いませんし、ここから先心が折れて・もしくは興味が移って別の立場を目指すことになるかもしれません。それでも余計なものを全て取り払って今、一番純度の高い気持ちはこれでした。

 

正規の芸術教育を受けずにインディペンデントに活躍するアーティストもいるにはいますが、そもそも一度もそういった文脈の近くにいたことのなかった(進学校・文学部・IT企業のサラリーマン)、 「現状維持をまず考える」僕にとっては一番ストレートな道が芸術系の大学に入ってコミュニティやルールを知ることだと思えたのです。とにかくその世界・その環境に頭まで浸かってみる、というのが自分としては絶対にいい。

 

貯金はそんなにないから国立で、パフォーマンスがねじ込めそうで、卒業生・先生が面白そうなところ。考えあぐねた挙句、調べた中で「ここは面白そうだ」と思った2校に絞って出願することにしました。