脱サラ芸大生 今週の週報 20170604

お疲れ様です、おかもとです。
今週の週報をお送りいたします。
◼︎タスク-------------------------------------------------------------------------------------
 
◆授業
・現代美術表現
1着作る
 
・復興デザイン
作品コンセプトの取りまとめ資料作成
 
◆24 Packages
・公募①
プロトタイプ完成
 
・パフォーマンス新作
プロジェクションテスト
 
・秋公演
手続きもろもろ
 
◆自習
ビデオの合成
オブジェクトを動かす
基本操作の練習
 
・Processing
投影
 
 
◼︎来週のタスク---------------------------------------------------------------------------
 
◆授業
・現代美術表現
1着作る
 
・復興デザイン
作品コンセプトの取りまとめ
 
・造形技法1
ポートレート撮影課題
 
◆24 Packages
・公募①
ネジのサイズ特定
現地視察
 
・パフォーマンス新作
プロジェクションテスト引き続き
シーン設定
 
・展示②
候補地視察
 
◆自習
チュートリアルを見てできるところまで
・Processing
動画とオブジェクトをボタンで操作 作ってみる
 
◼︎所感-------------------------------------------------------------------------------------
今週作ったもの
 
・Processingで三角をランダム生成+ライトボールでのジャグリング
 
After Effects、基本動作習作
 
ひとまず練習の成果を公開しないことにはな、と思い、なんとかとにかく小さな形にしていきます。どちらも全く難しいことはしていなくて、「とても見せられたもんじゃない」と思っていたのですが、特にインスタグラムの方は意外と反響があったりして、自覚してはいるつもりでしたが決して「難しさ」がポイントではないというのを改めて感じました。反響があるにしろないにしろ、公開すると反省点がやっぱりたくさん見えてくるのでこれから積極的に、大半が小さく作品になるようなものではないピースばかりかとは思いますが公開していきます。
 
ちなみに、Processingは1ヶ月ほど、After Effectsは触って初日です。メディアアートを扱う人の基礎教養くらいにはいろいろできておこうと思います。
 
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がむしゃらにやる、というのを久しく忘れてしまっていました。
どれだけ効率的にやるのか、をひたすら追い求めていた4年間だったので、物事に取り組む前にまずは「やり方のフレームワークを作る」が習慣になっていました。
例えば「新しい企画をまとめて」と言われたとき。「上司にこの予算でOKを取る」ために必要な要素は「企画の概要」「先行サービスの調査」「自分の企画が勝てる差分となる部分」「人員計画」「ステークホルダーといつまでに誰にどんな価値を産むか」「スケジュール」が必要で、見せるのはこの順番・・・・といったフレームがしっかり決まって初めて、よしじゃあやるぞ、と言って実際の概要がどうで、先行サービスの調査を始める、という動きがスタートします。
 
理屈っぽい性格だったのでその考え方が向いていた部分もあり、また、徹底的に鍛えていただいた部分もあり、自分の脳の形は完全にこの形になっているのを最近よく感じます。
 
というのも「勉強」というものを始めるときに「何を実現するために・・・?」「この順番でいいの・・・?」と考え始めてしまい、なかなか集中ができないのです。よくプログラミングの練習で一番いいのは「とにかく使ってみる」だと言われますが、それが僕にはできないのです。そんな非効率、時間の無駄では・・・!?もっと効果的にやる方法があるのでは・・・!?と心配になってしまいます。学習という「使えるカードを増やす」ことが目的の行為においてはその考えこそが無駄です。遅かったかもしれませんが、それにやっと気づきました。
 
技術は思想を育てる。できることが増えればそれだけ発想の幅も広がるはずなので、「ゴールなんかしらん、がむしゃらにやるぞ」というのを肝に命じたいと思った週でした。そのためにも小さいピースで出していきます。
 
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パフォーマンス、という形の形態をとることに関して。
やはり「取り扱える」作品であるということが一つアートの世界で価値を持って(値段がついて)いく条件であるということはわかっております。
 
おそらく僕の根本には「少し重なった別の世界に行きたい」という欲求がものすごくあるみたいです。全く別のファンタジーではなく、違和感があるのにその違和感があるせいで世界がしっくりくる、といったような。パフォーマンスじゃなくても「現実ではないのに現実っぽい風景」もしくは「現実なのに現実っぽくない風景」を作ろうとしていることが多いです。(例えば最近はこんな写真を撮ろうとしています。)また、他の作家さんの作品でも大好きなのはそういう作品です。
 
僕は舞台という空間・舞台装置を結構大きく使います。(映像を並べたり、風車を立てたり、傘を吊るしたり)それは別に僕が中でパフォーマンスをしなければ成立しないものではなくて、ただパフォーマーという体は、見る人に「その世界」にいるという感情移入を起こさせる手段なのだと思います。もちろん自分もその世界にいて楽しい、というのはありますが。
 
上記の好きな作品、の話に戻りますと、僕は平面でも立体でも「あぁ、そこに居たい!立ってみたい!!」と思う作品が大好きです。地中美術館のウォルター・デ・マリアの部屋とか。めちゃくちゃに感動するときの感覚がこの「その世界に居たい」という感覚で、それをやろうとしているからこそ、そしてその「居たい」を感情移入させるのに一番効率的であろうからこそ、僕はパフォーマンスという手段を取ろうとするのだと思います。
 
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根拠が見つかったからといってそれが通用するかしないのか、は別の問題であります。
昔から感じていたことで、アート・ダンス・演劇・メディアアートなど、文脈ごとに価値が置かれる部分が全く違っています。狭義の「ファインアート」と「メディアアート」ですら、同じ「アート」という言葉でくくられるのに評価される尺度が違うようです。(今まとめています。)自分の中でしっくり来つつも衝撃だったのは「芸術」「工芸」「芸能」という3つの近接した大カテゴリがある、ということです。
「どの文脈を選んで生きていくのか」は、この2年間の大きなテーマになりそうです。まずは各文脈のルールと価値が置かれるポイントを勉強します。ううう、、道は本当に長い。。。。
 
 
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以上です。
今週もお疲れ様でした。
来週も宜しくお願い致します。