みなとメディアミュージアムが終わりました

出店させていただいた、みなとメディアミュージアムが終了しました。

 

MMM | みなとメディアミュージアム

 

本日作品を撤収し、僕の「初めての展示」が完了しました。

 

いくつか振り返りを行おうと思います。

 

 

まずはなんの実績もない僕にこんなチャンスをくださったMMM実行委員の皆様には本当に感謝を申し上げたいです。

そして制作中、会期中に出会えた那珂湊の方、他のアーティストさん、先生方、どの出会いもとても刺激的なものでした。本当にありがとうございました。

 

■作品の形に宿る力について


実際にモノとしての作品を作る経験を経て、作品の「アウラ」というものがある、と信じられる様になりました。

例えばただ木に色の塗るにしても、その時の時間や自身のテンションなどでも仕上がった面の手触りが全く違います。

 

作品はメッセージが形となったもので、これまで自分はどちらかというと「メッセージ」に重きを置いていて、形を軽視しがちだったように思います。メッセージが伝わる、と言うところを至上に置いていたわけですが、それが理解されるためだけであれば言葉で伝えればいい。ただ言葉で伝えて「納得」してもらうのではなく、感じてもらうために形があるわけです。

僕の今までやっていたのは「その説明伝わった?」と言うゲームだったわけです。

メッセージだけではなく、その「形」自体に何かが宿るものがあり、それから感じる物を届けられるからこそ、作品という形あるものを持って現れる意義であるということに気づけました。

僕が展示したものは「たかが木枠」ですが、その木枠ですらそう感じさせてくれるのですから、大きい作品、量の多い作品はやはりそれだけのエネルギーを持つことになるのでしょう。大きな「もの」を作ってみたいともとても思いました。

手を動かして形を作って来た人たちからするともう何を当然のことを、と言うふうに思われるかもしれませんし、僕も分かったつもりではありましたが、パワーポイントや自分の説明など、ずっと「言葉」で戦って来た人間として、本当に実感を伴って感じたのは非常に大きな学びだったと思います。「もの」を作るのってとても楽しいけどとても難しい。

 

■触れる作品の難しさ・実際に現地に設営すると言うこと

 

今回僕が作ったのは触ることのできる作品でした。

f:id:llllki:20170907221934j:plainこんな形で、扉付きの枠の中に写真が入っているものです。

扉を自分の手で開けてもらうことで、より写真に向き合ってもらうことを想定してのしかけでした。ある程度の耐久テスト的なこともしてから設置に臨んだのですが、それでも1ヶ月の展示期間を終えたころには数個、落ちてしまう・壊れてしまう物が出て来てしまいました。

本当に大変悔しい思いでした。確かに壁自体が想定より脆かったり、それだけ触っていただけたと言うことなのかもしれませんが、自分でもどこまでやれば万全だったかがわからないだけに「もっとあそこをちゃんとすれば」と言う後悔ばかりが湧いて来ます。確かに、長期の展示だとアーティスト本人がメンテナンスに来ている、と言う風景もよく見かけます。

実際に設営をする、と言うのは思った以上に経験値が違います。この前授業で映像作品を設営しに行った時も思いました。設営まで完了して初めて作品なのですが、現地を見れる・現地を使える時間は限られているし、それまでにどれだけ想像力を働かせることができるのか、と言う戦いになります。そして、最後にはやっぱりこの部分が作品の質を左右するのだと強く思いました。

 

■テーマについて

 

「普段見過ごしているものの価値をもう一度拾い上げてみる」と言うのをテーマに、町中の風景の一部になってしまったもの、の写真を集めて展示しました。

本当にあまりにストレートすぎたかもしれませんが、その分僕のテーマはやはりこれだと、かなり実感を伴って感じることができました。

これからもそう言うったところに近いことをやっていきたいな、と思えました。

 

 

 

と言うわけで、初めて作品を作って、展示させていただくと言う本当に大切な経験になりました。反省点ばかりが思い浮かびますが、次にしっかりと活かさせていただきます。

ありがとうございました。