【日報】0126

お疲れ様です、おかもとです。

本日の日報をお送りします。

 

【処理したこと】

 

映像課題発表

洗濯洗い物掃除

各種制作事務

 

【勉強したこと】

 Vectorと配列を使ったパーティクルスケッチ(Processing)

 

【所感】

今日作ったもの

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昨日の感覚でいけそうだなと思って、前から作って見たかった線が繋がるパーティクルを書いてみたところ自分でもびっくりするくらいスッと書けました。なんか一つ壁を超えたのかもしれません。

ずっと本のコードをのろのろと写経していたばかりで、「これが何に使えるっていうんだ」と不安だったのですが、一字一句完璧に描けるように移すというより「その手段があると知って自分のデータベースに収めること」「何かと組み合わせられるかという意識で臨むこと」の2つが、こういうのの勉強には重要なのだなと思いました。あれとあれとあれを組み合わせるのね、って感じで。

そういえば受験勉強の時も毎日早慶東大レベル以上の長文を全部頭から和訳するという割とめちゃくちゃ燃費が悪い勉強をしていたんですが、結果的に自分の中に凄まじい量の「いつでも引いてこれるデータベース」が溜まっていた気はします。プログラミングも言語だったらとにかく「ちゃんと意識して」聞いた(書いた)量か、となんとなく気持ちが楽になりました。

 

今日は友達の展示に行きました。

作品自体は良い展示だったのですが、来るお客さんや自分がその場にいて感じたことの方が深く考えに残っています。その場に作品があって、作家と会話をする、というのは自分が作家側であれ客の側であれ苦手だな、と思いました。見る方の視点でいうと、作品を見て「かっこいいな」と思って作家に「かっこいいね」と伝えても、それがどれくらい伝わってるだろう、と思います。作家側の視点でいうと(そもそもどう感じてくれてもいいのですが)いいことでも悪いことでも、伝えるために変に気を使わせていないかなと思います。

喋り言葉って非常に解像度の低いメディアだと思ってて、そこに落とす・落とされるのはすごく抵抗があるなと思いました。多分好意で言ってるのだろうけど、その言い方だとただムカつくお節介でしかないよ、みたいなコメントとか、優位に立ちたい・わかっている俺を見せたい、みたいな感情が絡まったりして、好意的に感じてくれたんだろうけどわけわからん感想、みたいなのって特に作品周りだとめちゃくちゃ多くて。僕も気を使う方なので頑張って合わせよう、好意的に受け取ろうとして、伝えたいものを目の前に出しているはずなのに話している中でどんどんそこから離れていく、ということがよくあります。

うーん、やっぱり最近は、スキルよりも思想の方が足りていないように感じます。

 

【明日したいこと】

お仕事

熱海展示案考案

四国プレゼン骨子作成

 

 

おやすみなさい。